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りんごが一個あったとします。
この値段がいくらであるかは、近くのスーパーに行けばわかります。
では、このりんごから作ったジュースはいくらでしょうか。
これもお店に行けばわかりますが、りんごの原価に製造コストなどを勘案して計算する方法もあります。
ただしここで、わざわざ難しい理論を知らなくても、あなたの常識を働かせればおおよその見当はつくはずです。
では、少し質問を難しくしましょう。
端の一片が切り取られたりんごの値段はいくらでしょうか。
常識では、傷がついたものなど価値がないと考えがちです。
でも、少なくとも半分ぐらいの価値はありそうという見方もできます。
残ったりんごの重さを測り、通常のグラム当たりの値段より多少安くすればよいのでは、と考える人もいるかもしれません。
もちろん、これもひとつの考え方ですが、実際には、そんなりんごは誰も買いません。
では、一体いくらが適切なのでしょうか。
実は、こんな問題を見事に説明してくれるのが、デリバティブ理論ということになります。
デリバティブ理論(流)に従えば、「このりんごの値段は、完全なりんごとジュースを使って擬似的な不完全なりんごを創り出すことで理論価格(無裁定)を求める」ことができる。
デリバティブの話をしようとすると多くの人が、一瞬ある種の抵抗を見せます。
「商品が複雑でよくわからない」とか、「投機的な取引だ」とか。
それはハデリバティブにはどことなくとつつきにくく、難しそうという印象があるからです。
よほどの金融のプロでない限り、誰しも同じイメージを持っているのではないでしょうか。
本書は、そうした苦手意識や誤解を解き、デリバティブを考えます。
難しいですね。
これでは何のことだかさっぱりわからないと思います。
そこで、「デリバティブの考え方では、りんごの使える部分を切り取ってジュースの原料にした場合の価値を計算するのである」こう説明したらどうでしょうか。
おそらくすっきりするはずです。
こういう説明になれば、難解な価格理論式を理解できなくても、このりんごの価格がいくらであるか、おおよその見当はつくはずです。
肝心なのは、こうしたデリバティブ的な考え方を理解することなのです。
まじめに理解するための解説書です。
そしてそのために、他のデリバティブの本とは少し違った方法を採り入れてみました。
それはデリバティブを、金融理論ではなく、誰もが持っている一般的常識でわかるように説明し直すやり方です。
もちろん、多少の無理を承知のうえですが、金融の細かな部分は捨てて、デリバティブを支えている考え方の大枠をつかむことを目的としました。
デリバティブと聞くと日本ではいまだに、なにやら怪しげな取引をしているという印象を持っている人が多く見受けられます。
デリバティブ取引で損失を出したとなると、マスコミもここぞとばかり書き立てます。
確かに過去において、損失飛ばしなど会計操作に利用された事件がいろいろありました。
しかし、こういったデリバティブの暗い面ばかりを指摘し、あたかも「悪魔の杖」のごとく扱うばかりで、その反対の有益性について、きちんとした議論がなされていないように思えます。
その原因のひとつに、デリバティブのわかりにくさがあります。
高度な数学を駆使して、聞き慣れない単語を並べ立てて、といったように、外側にいる人にとっては、たいへん近寄りがたい世界であることについては、私も同感です。
また、あえて近寄りがたい雰囲気を、デリバティブを取り扱ってきた人たちがつくっていたようなところもあるのではないでしょうか。
やはり、彼らとて自分たちが苦労してものにした「金になる木」を、おいそれと人にとられるのは嫌なものなのでしょう。
しかし、いつまでも殻の中にこもっているのでは、この先もデリバティブに対するネガティブな印象を拭い去ることはできません。
この商品が広く社会に受け入られるためには、古臭い神秘性や非関税障壁みたいなものは捨てて、もっとオープンな世界にしなければならないと思っています。
その一方で、私たちもデリバティブが難解なものだとするトラウマから、一刻も早く脱出しなければなりません。
いつまでも「わからないから使わない」といった甘えを捨て、デリバティブがなぜここまで広く普及し続けてきたのか、真筆に考えてみる必要があるでしょう。
デリバティブは海外ではごく普通の商品です。
ここで意識改革をしていかなければ、日本がどんどん金融鎖国国家のままで取り残されてしまいます。
そうしたことを後押しするために、本書はデリバティブの持つ考え方を、金融取引として捉えるのではなく、普段私たちが経験する行動パターンに置き換えて説明することにしました。
そうすることで、一般常識的な判断から、デリバティブ取引で用いられる概念がよく理解できるのではないかと考えたからです。
もちろん、他の入門書のように商品や言葉の説明をしただけではありません。
デリバティプの世界で、チベット密教の経典のように崇めたてまつられる「B・S理論」についても、大胆にも取り組んでいます。
たいへん畏れ多いことではありますが、それをしなければデリバティブについて本当に知りたい考え方が、ブラックボックスのままで残されてしまうと思ったからです。
もちろん題材はノーベル賞ものですから、「大胆にも……」という表現になってしまいますが。
いずれにせよ、難解な数学は全く必要ありません。
そもそもデリバティブは金融取引の一部であり、金融取引は社会生活をするうえで、数ある契約のうちのほんの一部です。
社会の主人公は誰でしょうか。
そうです、私たちなのです。
数学に長けている人ではありません。
したがって、私たちの持っている「どっちが得でどっちが損か」といった、いたって当たり前の社会的センスで理解できないことはないはずです。
話はかわりますが、私は日本人には生来、欧米人には負けない金融取引のセンスがあると思っています。
たとえば現在、世界最大規模を誇るシカゴ先物市場は、江戸時代に大阪・堂島にあった米会所の先物市場システムを学んで、つくられているのです。
それだけではありません。
先ほどのB・S理論を支えている確率微分方程式の生みの親は、日本が世界に誇る偉大な数学者、I博士なのです。
I博士はこの業績が認められて、二○○六年八月の国際数学者会議において、社会の発展に優れた数学的貢献をなした研究者に贈られるガウス賞を受賞しました。
このように、日本にはもともと金融のアイディアがあふれていたのです。
誰が、金融先進国日本をだめにしたのか。
犯人探しをしたいところですが、これについては、本書のテーマではないので他の本に譲ることにしましょう。
とにかくいまは、トラウマ退治といきましょう。
そのためには、まずは身近な題材から。
魚をリスク対象にした幻のデリバティブ商品、「はまちスワップ」の紹介です。
魚のような商品でもデリバティブ商品になるのです。
ちょっとお伽話的かもしませんが、デリバティブの世界は、こんな仕組みで動いているのです。
「はまちスワップ」……こんな商品を聞いたことのある人はおそらくいないでしょう。
もし、知っている人がいたら、その人は私の友人から聞いたのか、あるいは、私が居酒屋で酔った勢いで口にしているのを耳にしたのか。
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